体の不自由な暗殺者達が俺の命を狙うのはどう考えてもお前らが悪い! その21 の続きです。初めての方は その1 からどうぞ。
その夜、案内嬢が俺のベッドの隣のリクライニングチェアで寝息を立て始めた後、俺はまず自力で車椅子に乗り込まなければならなかった。しかも案内嬢を起こしてしまわないように静かに事を運ばねばならない。時折走る激痛に声を上げないように歯を食いしばりながら、俺はベッドの構造を上手く利用してなんとか車椅子に乗り込む事ができた。
次は部屋から出て廊下を通り、5階に行くためにエレベーターに乗り込まねばならない。健康体であれば何でもない距離だが、腕の力を使って車椅子を進ませる度に体に痛みが走る。あまりの痛みに思わずニヤリと笑う。どうしても部長に会わねばならない。
エレベーターホールに着いてボタンを押し、しばらく待つとエレベーターがやってくる。到着を告げるチャイムがエレベーターホールに響き渡り、俺は思わず顔をしかめる。案内嬢が追って来てはいないか背後を確かめ、エレベーターに乗り込んだ。5階に到着してエレベーターを降りると、廊下の様子は俺の病室のある階と全く同じだったが、廊下から覗く事のできる病室ははるかに豪華だった。床にはカーペットが敷かれていたりして、病室というよりホテルの部屋と言った方が近い。
部長の病室は簡単に見つける事ができた。病室のドアは閉まっていたが、下の隙間からモニターの青白い光が廊下に漏れ出しており、コンピューターの作動音も聞こえていたからだ。俺が軽くノックをすると中から部長が返事をする。中に入ると俺は車椅子を進めて部長の顔のすぐ近くまで近寄る。部長は何も言わず俺の言葉を待つ。
俺「PDAの中身は見てくれたか?」
部長「ええ。」
こりゃ手間がかかりそうだ。
俺「どう思った?」
部長はしばらく考え事をし、何も言わず俺の背後を指さす。俺が後ろを向くと天井の照明の横に小さな黒い機械が備え付けられていた。監視カメラだ。
部長「どこか別の場所で話した方がいい。」
そういうと部長は俺の車椅子の背後に周り、エレベーターまで俺を押して行く。エレベーターで最上階につくとそこには病室はなく、病院を管理するためのオフィスになっている様だった。デスクワークをする工作員達を数人見かけて俺は肝を冷やすが、俺達は気づかれる事なく通りすぎて非常階段へと辿り着いた。
部長「しっかりつかまってて。」
そう言うと部長は俺を車椅子ごと持ち上げ階段を上り始める。この小さな体のどこにこんな力があるのか、まったく常識を逸している。階段を上り終えても部長は息ひとつ切らす様子がない。俺と車椅子を下ろすと部長は大きな金属製のドアを開ける。そこは屋上だった。
部長「ここなら監視カメラは無い。」
寒さのせいで部長の息は白かった。俺は夜空を見上げてゆっくりと深呼吸をする。外の空気を吸ったのは一ヶ月以上ぶりだ。
俺「それで…」
俺は気まずそうに切り出す。
部長「PDA内のデータに目を通したけれど、信憑性があると思う。」
俺「俺を助けてくれるか?」
部長「ええ。脱出計画を作っている。あなたが十分に回復したら一緒に脱出する予定。もちろんあなたのお姉さんも。」
俺は安堵の息をもらす。
部長「この病院は米軍基地の中にある。あそこに…」
部長は病院の西側の建物を指さす。
部長「ヘリポートがある。いつもあそこにヘリコプターが停まっているから、それを使って脱出する。」
俺「いったい誰が操縦するんだ?」
部長「私がやる。」
俺「操縦できるのか?」
部長「ええ。ここ数日はヘリコプターの操縦方法を調べていた。」
俺はやれやれと首を振りながら思わずにやりと笑う。
俺「すごいな。」
部長は肩をすくめる。
俺「本当にありがとう。」
部長「気にしないで。」
しばらく沈黙が流れる。
部長「はいこれ。」
そう言いながら部長はポケットから一枚の紙を取り出して俺に手渡す。そこには「黒木君へ 好きです 部長より」と書かれていた。
俺「部長… 俺も部長が好きだ。」
部長「良かった。これで彼らを騙せる。」
俺は思わず固まる。
俺「え…? 騙せるって… あれ?」
部長「彼らは私達がこうして会っている理由を知りたがるかも知れない。」
俺「まだ部長が何を言ってるのか解らないんだけど。」
部長「私達が病室を抜けだした事は監視カメラで彼らにバレている。その理由を聞かれたら性的交渉を持つために逢引をしていたと言えばいい。私達は抑えがたい性衝動にかられ、互いの愛情を確かめ合う事のできる場所を探してここまで辿り着いたと言う事になる。この紙は逢引の合図として使用された。」
なるほど、そいういう事か。いずれにせよ「抑えがたい性衝動」なんて言葉は俺が部長に持つイメージにまったく合わないけど。俺はなんだか狐につままれた様な気分で手にした紙を見る。
だが… 俺は間違いなく部長に告白をした。突如として湧き上がる情熱に自分でも驚く。
俺「部長… あなたはすごい人だ。何か困った事が起きた時、俺はいつもあなたに相談してきた。他のみんなは自分の事で精一杯だから… 俺が頼れるのはあなたしかいない。これって特別な事だと思うけど、違うかな?」
部長は俺を見つめている。俺は勢いをつけて言葉を続ける。
俺「頭が良くていつも冷静なあなたを俺は尊敬している。そして今、俺が最も必要としている時に自分の命の危険もかえりみずに助けようとしてくれている。その事を考えるだけで俺の心臓は張り裂けそうになるほどドキドキする… これってきっと愛だよな? だから部長、俺は本当にあなたが好きだ。」
部長「… わかった。」
俺「それだけ? 返事はそれだけなのか?」
部長「適切な返答をするために自分の感情を分析したい。」
俺「感情の分析って… そんなロボットみたいな事言わないでくれよ。」
部長とは違い、俺の言葉は自分のコントロールを超えて溢れ出す。
俺「もっとシンプルな事だ。俺を好きか好きでないか。俺の事が好きでないならそう言ってくれればいい。」
部長は夜空を見上げる。
部長「私は以前、人は命の危険が迫ると軽率な行動をする事があると何かで読んだ事がある。だから私はあなたに後で後悔をする様な事をさせたくはない。」
俺「でも恋愛ってそういうものだろう? 後先の事を考えずにするから美しいんだ。未来の事なんて考える必要はない。俺は何か間違っているか?」
部長は黙ったまま再び俺を見る。俺は思わずうめき声を上げる。
俺「まるでバカみたいだ。告白なんてするんじゃなかった。まさか部長がこんなにも…」
部長「私はあなたを撃った暗殺者を殺した。」
俺は思わず言葉を止める。
部長「あなたが劇場で殺されそうになった時、私は暗殺者達をスタンガンで気絶させた。その後も気絶している彼らが死ぬまで電撃を与え続けた。そんな事をしても無意味なばかりか、生かしておいて情報を引き出した方が得策だったのに。論理的に言って彼らを殺したのは私のミス。きっと怒りで我を忘れていたんだと思う。」
俺「…」
部長「怒りで我を忘れるなんて生まれて初めての事。」
俺「…」
部長「花をつむのも生まれて初めてだった。」
俺「つまり… 部長も俺を好きだって事?」
部長は肩をすくめる。
部長「全ての原因がプラトニックな恋愛感情からとは思えない。」
つまり部長がさっき言った「抑えがたい性衝動」も原因の何割かに含まれるって事か。俺が部長に手を伸ばすと、部長がその手を取る。部長の手は想像していたよりも温かかった。
部長「早くあなたに良くなって欲しい。ここを脱出したら、私達は互いの感情をより深く分析する事ができる。」
部長は少し考え、再び言葉を続ける。
部長「何より、私はあなたが怪我している姿を見ているのがツラい。」
俺「わかった。できるだけ早く良くなるよ。」
俺は思わず笑顔になった。