体の不自由な暗殺者達が俺の命を狙うのはどう考えてもお前らが悪い! その13 の続きです。初めての方は その1 からどうぞ。
その後もかなり長い時間、俺は車椅子の暗殺者達の手による殺人現場のグロテスクな映像を見せられ続けた。その間、案内嬢は “社交クラブ” の歴史について少しづつ説明を加える。”社交クラブ” はカナダのケベック独立運動を推進する団体として設立されたが、次第に暗殺の仕事を請け負うようになり、(それがどれほどやばい事なのか俺には解らないが)そのカルト的影響力を世界中に広げていったらしい。
俺「それで、そいつらが俺と何の関係があるんだ?」
俺は尋ねる。
案内嬢「あなたのお父さんが彼らと取引したの。あなた達姉弟は彼らに組織の一員として売られたのよ。」
俺は言われた事をあまり理解できぬまま無言で案内嬢を見つめる。
案内嬢「でも一つ問題が起きたの。お姉さんは不適格とみなされて処分される事が決まった。あなたはまだ候補として生き延びる事ができるけどね。だから私はなぜあなたの命まで狙われたのか解らないのよ… でもどちらにしろ…」
案内嬢は人差し指を唇にくっつけてしばらく考えこむ、
案内嬢「どう説明したら良いのか解らないけど、あなたの両親は “社交クラブ” のボスに会いに海外へ行き、お姉さんの命を助けるために1000万ドルのお金を支払おうとしたの。」
俺「それでどうなった?」
俺は答えを聞くのが恐ろしくなった。
案内嬢「お父さんは殺されたわ。お母さんは… どうなったか解らないけど、おそらく生きてはいないでしょうね。」
俺「それで… どうして姉ちゃんは不適格って事になったんだ?」
案内嬢は「信じられない」という顔で俺を見る。
案内嬢「冗談よね? あなた、自分のお姉さんに会った事が無いの?」
なるほど。
俺「じゃあ… どうして父さんは俺達をやつらに売ったんだ?」
案内嬢は俺の目の前にあった椅子に座ると足を組み、煙草を一本取り出す。
案内嬢「自分の子を売る父親の事情なんて解る訳がないわ…」
案内嬢は手にした煙草に火を付けて吸い、煙を吐き出す。
案内嬢「私達の考えでは… お金のためという事になってるわ。彼らはあなた達姉弟の一人につき1億円をあなたの両親に支払っているの。」
俺は気分が悪くなってきた。その程度の金のために俺達は売られたのか…
俺「母さんは知っていたのか? 父さんと母さんにいったい何が起きたんだ?」
案内嬢「お母さんは間違いなく知っていたわ。私達は長いことずっとあなたの家族を監視していたの。お父さんは何十年もの間、”社交クラブ” の資金洗浄をしてたのよ。」
案内嬢「あなたの両親はこの夏の始めにわざわざ遠回りのフライトを乗り継いでケベック州のパピヌーに出かけている。そしてお父さんが彼らのボスとの面会中に殺される所を潜入していた私達の工作員によって目撃されているわ。お母さんはその場にいなかったけど、それ以降誰もその姿を見ていない。」
案内嬢「さっきも言ったとおり、あなたのお父さんはお姉さんの命を助ける代償として米ドルで1000万ドルを支払う事を提案したの。これはお姉さんを組織の一員として売って受け取った金額の何倍もの金額よ。でもこれは愚かな提案だったわ。車椅子の暗殺者はお金よりも彼らの掟を重んじるからよ。お父さんは彼らを騙して組織にふさわしく無い商品を売りつけようとした。裏切りには罰を与えねばならない… つまりお姉さんの処刑は時間の問題だったの。」
俺「あんたは今回の件にどう関わっているんだ?」
案内嬢「私の任務はあなたをこちらの味方に引きこむ事よ。」
俺「どういう意味だ?」
案内嬢「私はあなたを色仕掛けで誘惑して、アメリカ政府のために働くダブルスパイとして “社交クラブ” に潜入してもらうつもりだったの。」
俺「俺を… 誘惑するつもりだったって?」
案内嬢「そうよ、がっかりした?」
そう言うと少しも悪びれる事なくまた煙を吐き出す。俺は彼女が過去にも似たような任務をした事があるかどうか想像してしまった。
案内嬢「でもあなたのお姉さんの処刑命令が出て何もかもぶち壊しになっちゃって、作戦変更を余儀なくされたの。」
俺「俺をやつらの所まで連れて行ってくれ。」
案内嬢「普通ならそんな無謀なお願いは聞けないわ。車椅子の暗殺者達と戦えるようになるには長いトレーニングが必要だもの。私だって現場に出させてもらえるようになるまでクアンティコで5年も訓練を受けたのよ。」
そう言いながら煙草を床に捨てて足でもみ消す。
案内嬢「それなのにあなた達は何の訓練も受けずに彼らを三人も倒した。どんな魔法を使ったのか教えて欲しいくらいだわ。」
俺「協力してくれないか? こちらから何とかしない限りやつらが俺達をこのまま放っておくとは思えない。」
案内嬢「”社交クラブ” の影響力は全世界に及ぶわ。だから彼らの手から逃れる事は簡単ではないけれど、一つだけ方法があるの。」
案内嬢「今日中にあなたのパスポートを用意するから、明日の朝にはアメリカ行きの飛行機に乗れるわ。証人保護プログラムを適用して、あなたはアメリカで今とは違うまったく別の人間として新しい人生を送るのよ。これなら “社交クラブ” でもあなたを見つけるのは不可能だわ。」
俺「俺の友達はどうなる?」
案内嬢「彼らから報復の対象として狙われるでしょうね。残念だけど、私があなたのお友達のためにできる事は何も無いわ。私の組織にとってお友達を保護しても利益が無いもの。」
俺「姉ちゃんはどうなる?」
案内嬢「お姉さんはあなたと同じく証人保護プログラムでアメリカに移住してもらうわ。」
俺「俺と一緒にか?」
案内嬢は曖昧な態度で肩をすくめる。
案内嬢「あなたと同じ街に住める様に配慮はしてあげられるけど、最終的な判断をするのは私じゃないから解らないわ。」
俺「お断りだ。」
案内嬢は別の煙草を取り出しそれに火を点ける。
案内嬢「わかったわ。上司に連絡してあなた達が暗殺者を三人も倒した事を報告してみましょう。そうすればこのまま日本に残って私達に協力してもらう事になるかも知れない。詳しい話はその後にしましょう。」