体の不自由な暗殺者達が俺の命を狙うのはどう考えてもお前らが悪い! その9 の続きです。初めての方は その1 からどうぞ。
俺達はコンピュータ研の部長の家へと向かう事にした。降り続く雨にも関わらず何人かの歩行者とすれ違い、メイド服の友人の事をじろじろと見られるが、血まみれの殺人者の格好のまま歩き回るよりはマシと思うことにした。とにかく先ほど心配していた様な意味では誰からも怪しまれずに行動する事ができた。
部長の家は繁華街から2キロほど離れた閑静な場所に立っている。今回も階段を使って部長の部屋へと向かうとドアをノックした。ドアの向こうから部屋の住人がゆっくりと自分の定位置から離れてドアの方へと移動している音が聞こえる。コンピュータ研の部長は人間よりも機械が好きという変わり者で、ムカつくくらいに金持ちの両親にお金を出してもらってここで一人で住んでいた。
ようやくドアが開き、そこにはたくさんのモニターの青白い光に照らされて背の低い少女が立っていた。別の人生があるとしたら、もしかしたらこの人が俺の姉になっていたかも知れない…。実の姉よりも多少衛生的で、何よりだいぶ頭が良いけれど。
部長「こんばんわ。何か用?」
部長は感情のこもらない顔で尋ねる。どうやら俺が突然訪ねて来たことにも、友人を連れてきた事にもまったく驚いていないらしい。
俺はポケットの中からUSBメモリを取り出すと、部長の目の前に差し出した。
俺「理由を話せば長くなるんだけど… このUSBメモリのデータを解析してもらいたいんだ。」
部長「山本ゴム?」
USBメモリを裏返して見てみると、そこには父の会社のロゴマークが入っていた。
部長「あなたのお父さんの会社。」
俺「ああ。」
俺は答える。
部長「これからする質問に正直に答えて欲しい…。私がこのUSBメモリのデータを解析する事によってあなたが何らかの犯罪を犯す手助けをする事になったりすると思う? このUSBメモリのデータが私に面倒事を運んで来たりすると思う? アメリカ国防総省と山本ゴムの取引にこのデータが何か関係していると思う? それとあなたを助ける事によって私は誰かに殺されてしまったりすると思う?」
俺「そんな事にはならない、と思うけど… 正直その辺を調べてもらいたくて来たんだ… 危険はあるかも知れない。」
部長「入って。」
部長の部屋に入ると中には家具はほとんど無かったが、あちこちにパソコンやモニターが積み重ねられ、床には配線が張り巡らされて、三人の人間がゆっくりくつろげる様な空間はなかった。もっとはっきり言えば息苦しくなるほど狭かった。
部長が何も言わずに手を差し出すと、俺はその手にUSBメモリを渡す。部長はこの部屋唯一の椅子に腰かけてパソコンの端子にそれを差し込み、中のファイルを開いて部屋中のモニター全てに一つづつ映し出す。部長がそれらのデータを眺めている最中、俺の横にいた友人は俺の耳に口を近づけこうささやいた。
友人「この人ちょっと気味が悪いわ… それにあまり信用しない方がいいと思う。」
俺は友人のその心配を無視する。その間も部長の目は次々とモニターに映し出されるデータを追っていた。俺は部長に何を調べてもらいたいのか何一つ言ってはいないのだが、そんな事は大して問題にしてはいない様だった。
数分後、部長はこうつぶやいた。
部長「計算が合わない。」
俺「どういう意味だ?」
俺は尋ねる。
部長「言葉そのままの意味。データ内の数字の計算が合わない。それにファイルにSUM関数を使えなくするマクロが仕込んである。これはきっと裏帳簿か何かだと思う。」
俺「データ内の数字って… そのファイルには行と列が何百もあるんだぞ。それを暗算で計算したって言うのか?」
部長「ええ。」
俺はおどろきのあまり首を振る。どうやらこの人を頼ったのは正解だった様だ。
部長「ここに並んでいる企業の名前は全部車椅子のメーカー。」
その通りだ、だが問題は…
部長「どうして黒木君が車椅子のメーカーの裏帳簿のデータなんて持っているの?」