体の不自由な暗殺者達が俺の命を狙うのはどう考えてもお前らが悪い! その6 の続きです。初めての方は その1 からどうぞ。
そう言えば、姉は父が今回の件に何か関係していると言っていた。父のオフィスに行って手がかりを探そう。
俺は傘立てから姉の傘をつかむと玄関の外に出た。友人は再び俺と一緒の傘に入りぴったりと体をくっつけてくる。今度はただ単に雨を避けるためだけじゃない。彼女は自分の体と俺の体の隙間を使って、手にした鉈をいつでも取り出せるように隠し持っていた。
ただそれを使わねばならなくなった時、彼女がそれを躊躇なく使えるかどうか不安は残る。彼女は先ほどの俺と同じくらい非情になれるだろうか。
俺は自分が人を殺したという事実を考えないようにした。
友人に俺達の父親のオフィスに何か手がかりがあるかも知れないと説明すると、彼女はこくりとうなづいて俺に従う。俺達はタイヤやホイールを製造する小さなメーカーで会計をしている父の仕事場に路地裏を通ってたどり着いた。
もうこんな時間では従業員はみんな帰宅してしまっている。父のオフィスの建物は似たようなビルの中にひっそりと建っていた。通りを見渡すとまたもや人影がない。人影どころか車の影さえなく、俺は少し嫌な予感がした。
当たり前の事だが、父のオフィスのドアには鍵がかかっていた。
忍者じゃあるまいしスマートに忍び込む事なんて出来る訳がない。それにもう警察と暗殺者達が俺の事を探している事だろう。俺は歩道に転がっていたコンクリートの塊を拾い上げると、入り口のドアめがけて投げつけようとする、がその前に友人に制止された。
友人「待って、智貴くん。」
彼女はドアの横に設置されたパスワード入力装置へ近づくと、手にした鉈を使って表面をこじ開け、中から配線の束を取り出した。しばらく真剣な顔つきでその配線をいじっていると、
「ビーッ!」
友人「あれ?」
そう言って手を少しヒラヒラさせた後、また配線をいじり出す…
しばらくしてドアが開いた。
友人「どう? 智貴くん、簡単でしょ?」
そう言いながらも彼女は配線で感電したらしく親指を舐める。言うほど簡単そうには見えなかったけど… まあ見事な手際だった事は確かだ。俺達はビルのロビーへと侵入した。
俺「父さんのオフィスは8階にある。」
俺が言うと彼女はうなづく。
俺「階段を使って行こう。階段なら車椅子の暗殺者達に出会う事もないからな。」
友人「車椅子の暗殺者達って事は… 一人じゃないのね?」
俺「その様だな。姉ちゃんが言うには複数の車椅子のやつらに追いかけられたらしいから。だからケンタッキーで会ったあのおっさんの他にもいるに違いない。」
友人はまた自分の親指を舐めながら、少し怪訝そうな表情になる。
俺達が階段に着くと、おそらく安全に配慮してだろうかまだライトが点いていた。かすかに生臭い匂いのする狭い階段を俺達は全力で駆け上がる。8階に到着する頃には二人ともフラフラになりながら、まるで犬の様にぜえぜえと息を切らしてカーペット敷きの廊下へと倒れ込む。
友人「やっぱり…エレベーターを…使えば良かったわ…」
今の俺達は暗殺者の集団から見たら恰好の餌食に違いない。まあでも、やつらも車椅子に乗っているというハンデがあるしな。それに…本当の暗殺者ではない。本当の暗殺者? やつらは一体何者なんだ?
俺はその考えを振り払う。どうせすぐに答えは解るさ、案ずるより産むが易しだ。
父のオフィスへと入る。ここに来るのは何年ぶりになるか解らないが、それでも以前のままほとんど変わらぬ状態である事だけは解った。オーク材のシンプルなデスクが一つ、本棚が並び、椅子が並び、そしてパソコン。質実剛健かつ効率的。
俺は父のデスクに腰かけるとパソコンの電源を入れた。友人は山ほどある帳簿に片っ端から目を通していて、その手にはまだ鉈が握られていた。
友人「一体何を探せばいいのかしら?」
俺にも解らなかったので何も答えずに黙る。俺は意味も解らぬ表計算ソフトの保存フォルダを一つづつ開いて確認していたが、同時に焦って家を飛び出して来た事を後悔し始めていた。手がかりと言ってもどんな手がかりを探せば良いのか解らないのだ。
友人「ねえ智貴くん、これは何かしら?」
友人がこちらを向き、父の本棚にあった “2012年 国際車椅子製造業シンポジウム報告書” と書かれた一冊の本を差し出した。分厚いその本の中には財務統計の数字がびっしりと並んでいた。
つまり父の会社は車椅子のメーカーと仕事をしていたのか。これは手がかりになりそうだが…具体的にはどういう手がかりになるのだろう? 俺はデスクの引き出しからUSBメモリを取り出すと、パソコンに差し込んで報告書に記載のあるメーカーの名前が含まれるファイルをすべてUSBメモリにコピーした。
誰かこの手の事に詳しい人間の助けが必要だ。そして俺は誰に助けを求めれば良いかすでに解っている。