体の不自由な暗殺者達が俺の命を狙うのはどう考えてもお前らが悪い! その3 の続きです。初めての方は その1 からどうぞ。
俺「街道沿いにケンタッキーがあるだろ。そこにしないか?」
友人はすかさず同意する。というかこの友人が俺と出かける時に俺の意見に反対した事などない。外は雨が降ったり止んだりしていたので、俺は傘立てから傘を取り、ようやくこの家から出る事ができた。幼馴染の友人は一緒の傘に入り俺にぴったりくっついて歩く。今はそんなに雨降ってないのに…。
友人「一緒に出かけるの久しぶりだね、智貴くん。」
しばらくした後、友人はこう言った。
俺「は? 先週の水曜に一緒に出かけたろ?」
友人「あ…そうだったわね。」
友人はバツが悪そうな表情になる。
友人「でも、やっぱり智貴くんと一緒に出かけられるのは嬉しいな。」
そう言いながら俺の腰に腕を回して抱き着く。
ケンタッキーに着くと、俺はマッシュポテトのついた小さなチキンセットを頼んだ。友人は山盛りのコールスローサラダやフライドポテトがついてくる特大のチキンバーレルを注文する。こんなに食ってよく太らないよな、まるで漫画だ。
俺達は店の角にある座席に座り、友人はチキンバーレルをがつがつと食べ始める。俺の方はと言えばまだ先程の出来事が頭から離れず、あまり食が進まなかった。
友人「そういえば智貴くん、最近恋愛方面はどうなの?」
俺がなんとなく窓の外を見ていると、友人に突然尋ねられた。この友人は俺の女性関係がとても気になる様で、会う度に同じ事を聞かれる。
俺「相変わらずだよ。」
俺はため息をつきながら答える。
俺「家の近所の映画館に可愛い案内嬢が新しく入ったんだけどね。」
友人は口一杯に頬張ったチキンをごくりと飲み込む。
友人「案内嬢?」
普段俺はこの友人にこんな話はしないのだが、やはり俺の心はまだ落ち着けてないみたいだ。
俺「ああ、27歳でとっても…」
友人「27歳ですって? 27歳にもなって独り身の女なんてろくなもんじゃないわ。やめときなさい智貴くん。」
俺はにやりと笑う。この友人は俺が興味を持った女性は必ずなんらかの理由をつけては「ろくなもんじゃない」と言うのだ。きっと俺の母親にでもなった気分なんだろう。
俺「そんなに駄目かな?」
友人「駄目に決まってるわよ! そんな歳になるまで結婚できないのは、何かひどい欠点があるからに決まってるじゃないの!」
俺は飲み物を一口すする。
俺「そっちこそどうなんだ? 早く誰か見つけないと、そのうちお前こそいい年して独り身って事になるぞ?」
友人は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。
友人「いじわる!」
自分だってさっき俺の姉にひどい事しただろ、と一瞬思ったがそれは言葉には出さない。
俺「とにかく…」
と言いかけた時、店のドアが開く音がして俺は思わずその方向を見る。別の客が店に入ってきたようだ…
…その客は車椅子に乗っていた。
俺はとっさに座席から立ち上がり、身近に武器になるものが何かないか探す。プラスチック製のトレイしかないので仕方なくそれをつかむ。
「この暗殺者と戦え」というフレーズが突如として俺の頭の中に響き渡っていた。まるでどこかの誰かにテレパシーで命令されているかの様だ。
友人「智貴くん、どうしたの?」
俺「ここから出るんだ。」
頭の中の声が何と言おうと、俺は見ず知らずの人間と戦いたくない。だいたいこの人が暗殺者なわけがないだろう。姉に対する罪悪感が俺の深層心理で姉の発言を信じさせようとしてるに違いない。だが一応トレイは手に持ったままで、なるべくこの車椅子の人には近づかない様にして外に出よう。
…というか、このトレイで俺は一体何をしようって言うんだろう?
車椅子の客はキーキーと音を立てながらカウンターに行く。よし、出口までの通路は確保できた。あとは気づかれない様に店の外に出るだけだ。
友人も立ち上がると、俺はなるべく音を立てない様に出口へと向かう。車椅子の客は今店員と向かい合って注文していてこちらを見ていないが、なぜか俺の気配を全てキャッチしている様に思えた。
バカバカしい。ただ車椅子に乗ってるだけのおっさんじゃないか。しっかりしろ…
「この暗殺者と戦え」
「この暗殺者と戦え」
俺は熱でもあるのかと思って額に手をあてる。
友人「これからどこへ行く?」
俺「しーっっ!」
俺はカウンターにいる体の不自由なおっさんに気づかれないように友人に注意する。
「この暗殺者と戦え」
この衝動はいったいどこから来るんだろう? この人は暗殺者でもなんでもない。それに車椅子に乗った人間と戦うなんてとんでもない。ありえない。
友人「智貴くん? なんだか顔色が悪いわよ?」
「この暗殺者と戦え」
車椅子の客はぐるりと回ると俺の方向を向き、冷たい口調で言った。
車椅子の客「こんばんわ。」
「この暗殺者と戦え」
車椅子の客「ええと、気分でも悪いのかい?」
俺は頭を抱えたままその場に膝から崩れ落ちた。
「この暗殺者と戦え」
車椅子のおっさんが笑い出す。
「この暗殺者と戦え」
おっさんの笑い声はだんだんと大きくなり、頭の中の声と一緒になって脳内に響き渡る。友人は口に手を当てて俺と車椅子のおっさんを見つめる。
店内にいる人間全員が俺の事を見ていた。