体の不自由な暗殺者達が俺の命を狙うのはどう考えてもお前らが悪い! その14 の続きです。初めての方は その1 からどうぞ。
話を終えると俺達は再び廊下を通って11番シアターへと戻る。移動中、案内嬢はまるでそうしないと俺が飛んでいってしまうかの様に俺の腕をしっかりとつかんでいた。チケットブースの前には順番待ちの長い行列ができており、並んでいる客は皆とてもイライラしている様だった。案内嬢は笑顔になると彼らに呼びかける。
案内嬢「もうしばらくお待ちください! まもなく係の者がまいります!」
行列を通り過ぎて視界から消える頃には彼女の顔から笑顔は消えていた。劇場にたどり着くと、案内嬢は30分くらいで戻ると告げてどこかへ行ってしまった。残された俺は劇場内の様子を見渡す。
コンピューター研の部長は最前列の座席に座ったまま、非常にゆっくりとした速度でポップコーンを食べていた。時々、感情のこもらぬ口調で「塩分補給。」とつぶやいている。あまり関係ない話だが、以前部長が食べ物は必ず口の中で20回噛んでから飲み込む様にしていると言っていた事を思い出した。
俺の姉は劇場前方の隅っこで、マシンガンを使って暗殺者達と戦うイメージトレーニングをしていた。ご丁寧にも「ダダダダダ」と発射音の口真似付きである。こんな遠くからでも、姉の頭がまるで「油で汚れたカラス」の様にテカテカと光っているのが確認できた。
幼馴染の友人は後ろの方の座席に座りながら、手にした拳銃の弾倉や着ているメイド服を色々といじくり回していた。彼女が今そのメイド服の下に下着を何も付けていないという事実は、こんな時でも俺の頭から離れる事はない。俺はこの友人に協力を頼んでみる事にした。
友人の隣の座席に座ると、俺はしばらくそこから姉の様子を黙って見守る。どこから話を切り出して良いか思案していたら、友人の方から沈黙を破って話を始めてくれた。
友人「さっきはごめんなさい。その… 強盗の事。私、興奮しすぎて自分を見失っていたみたい。」
俺「父さんは死んだよ。」
友人「…」
俺「でもいいんだ。自業自得だったみたいだし。」
友人は驚きからかしばらく落ち着かない様子で辺りを見回していたが、そのまま特に詳細は聞かないでいてくれた。
友人「智貴くんはこれからどうするの?」
俺「やつらが俺達をこのまま放って置くとは思えない。少なくとも案内嬢のフリをした工作員の彼女の話を聞いた限りではそう思った。だから… 俺は彼女に協力して出来るだけの事はやって見ようと思う。」
友人は心配の入り混じった悲しそうな表情で俺を見る。
俺「お前は俺の命の恩人だ。オフィスビルで襲われた時、お前がいなかったら俺は今頃どうなっていたか解らない。おそらく俺はこれからもっと危険な目に会う。はっきり言って自殺行為だ。だからお前に一緒に来て欲しいと頼むのは俺のわがままかも知れないけど、でもお前の他に俺の命を託せる相手が思いつかないんだ。」
そう話している間も、俺の足はずっと震えていた。
俺「お前はこれまでずっと俺について来てくれた。こんな危険な目に会ってるのにだ。つまり… 俺が言いたいのは俺がお前の事をとても信頼しているって事で…」
まだ俺の言葉が終わらぬうちに友人は俺を抱きしめてこう言う。
友人「私はこれからも智貴くんについて行くわ。この世の終わりまで。だって… 私は智貴くんの事を愛しているんだもの。」
俺は最後の告白の部分だけ聞こえないフリをした。友人も特にその事を気にする様子はない。俺達二人の関係はずっとこんな感じで続いている。彼女が俺を好きだって事は公然の秘密みたいなものだ。友人はなんとか逃れようとする俺の首筋に甘えた声を出しながら顔をこすり付けてくる。
友人「智貴くんに求められれば私はどんな要求にも従うわ。」
そう言いながらようやく顔を離す。
友人「だから何を言ってくれても構わないのよ!」
俺「ありがとう。お前みたいな友達を持てて俺はしあわせだ。」
友人に軽くこづかれて俺は体をよじる。
友人「まったくだわ! その気持ちを忘れないでね!」
突然、気配を感じて左を見る。そこには部長が無表情のまま立っていた。
部長「伏せて。」
俺「え?」
部長は俺の頭の後ろに手をやると無理やり頭を下げさせる。その瞬間、映写室の窓から俺の目の前の座席の背もたれに向かって銃弾が打ち込まれた。俺と友人はとっさに床に身を伏せる。同時に俺は劇場の前方に一人ぼっちで居るであろう姉の事を思い出した。
部長が座席の間の通路に飛び出す… その動きはとても遅かったが、それでもなお彼女を追う銃弾から上手いこと身をかわしていた。俺はその間に座席の影に身を隠す様にして劇場の前方へと静かに移動する。友人は映写室の窓に向かって拳銃を発射していた。俺の今の体勢では姉の姿を見る事はできない。
俺「スクリーンの影に隠れるんだ!」
姉に声が届いている事を祈りながら俺は叫ぶ。劇場の外からも銃声が飛び交う音と観客の叫び声が聞こえてくる。
友人「弾切れだわ!」
友人が叫ぶ。映写室にいる男の方はまだ十分に弾を持っているらしく、座席を遮蔽物として上手に使って移動する部長に向けて発砲を続けていた。座席の外張りの生地や中綿の破片がそこらじゅうに飛び散っている。耳をつんざく銃声から推測するに、男は大口径のアサルトライフルを使っている様だった。